コラム|原状回復について

弁護士 佐々木好一 

 武蔵小杉の法律事務所、田中・石原・佐々木法律事務所の弁護士の佐々木です。
 私は宅地建物取引業者の方やアパート所有者の方からの相談をこれまで受けてきた経験から、不動産法を専門の一つとして取り扱っています。
 今回は、そのような経験から、大家さんや賃貸管理をされる不動産会社の方がよく悩まれる点の一つと思われる「原状回復」についてご説明したいと思います。

1 原状回復とは

  賃貸借は物を借り受けて使用することを内容とする契約ですので、最終的には借り受けた物を返すことになります。その際、借主は借りた物を「原状に復して」貸主に返す必要があるとされています(これを原状回復といいます。)。
 原状回復とは、簡単にいうと借りたときの状態に戻すことをいうと考えられていますが、当然、建物ですから経年劣化は避けられませんし、なんでもかんでも負担させられることは借主に大変な負担となります。
他方、貸主としては借主の負担できれいにして返してもらえればよいため、できるだけ原状回復の範囲を広げたいところです。
 そのため、どの程度まで借主の負担において原状回復をすべきかについてしばしば紛争が生じることになります。

2 借主が負担すべき原状回復の範囲

 (1)一般的には「通常損耗の範囲内」であれば原状回復は不要で、「通常損耗の範囲を超えるもの」であれば、借主の負担で原状回復をする必要があると考えられています。
 (2)この点、国土交通省が「賃貸住宅の原状回復をめぐるトラブル事例とガイドライン」(以下「原状回復ガイドライン」といいます。)というものを出しています(直近では、平成23年8月に再改訂版が出されています。)。
 原状回復ガイドラインでは、原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義し、損耗事例についてA(=賃借人が通常の住まい方、使い方をしていても発生すると考えられるもの)とB(=賃借人の住まい方、使い方次第で発生したりしなかったりするもの)に分け、Bが借主の負担で原状回復を行うべきものとしています。たとえば、フローリングでいうと日焼けによる色落ちはAに含まれ、落書きや借主の不注意で雨が吹き込んだことによる色落ちはBに含まれるとされています。
 (3)裁判所は多くの部分について原状回復ガイドラインと同じような考えによっているようです。
なお、明け渡しの際、原状回復について確認のために借主から署名を求めることも多くあると思われますが、裁判所は、この書面のとおりに原状回復の範囲を決めているとは必ずしも言えない状況です。

3 原状回復に関する特約

 このように、通常損耗の範囲内のものまで原状回復する必要はないと考えられていますが、貸主の立場としてはたとえばクロスの張り替えやクリーニング費用を借主の負担とするなどの特約を設けることでできるだけ自分の負担を軽減したいと考えると思われます。
 このような特約には意味はあるのでしょうか。
 結論からいうと、「意味はある」ということになります。
 争いになった場合には後記のとおり有効性に疑義が生じるものの、当事者がこれでよしとすれば借主にそのとおりの原状回復義務を負担させることができるためです。
 もっとも、この特約について争われた場合には、契約書の内容や契約締結の方法如何により効力が認められないことがあります。
 具体的には、借主が負担すべき原状回復の範囲について契約書上具体的に明記したり、借主に口頭で説明をすることで、借主に負担を明確に認識して合意をしてもらわなくては特約が認められないということです。
 最高裁判所は、平成17年12月16日判決で「少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗及び経年変化の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要である」としています(ちなみにこの事案ではある程度詳細に特約が規定されていましたが有効性が否定されました。)。また、明確に合意していても、借主の負担すべき範囲が不当に重く設定されているような特約については消費者契約法により無効とされる場合もあります。
 そのため、大家さんとしては、通常損耗の範囲内のものについても借主の負担で原状回復してもらいたいのであれば、合理的な範囲のものにとどめるとともに、契約書にかなり詳細に規定をし、できるだけ口頭でも説明して借主に理解してもらうことが必要といえます(もっとも、争われた場合には、特約が認められないことが少なくないということは認識しておくべきと思われます。)。
 なお、敷金の一定額を原状回復費用として差し引く敷引特約については、最高裁判所は平成23年3月24日判決で合理的な範囲内であれば有効であるとしています。

4 紛争になった場合にとることができる制度

  万が一原状回復についてトラブルになってしまった場合には、おそらく借主が、貸主が原状回復費用として控除して返還してくれなかった敷金の返還を求めていくことになると思われます。
そのための方法としては、普通の訴訟にしてしまうと費用や時間がかかってしまため、少額訴訟やADRなどの方法があります。
 少額訴訟とは簡易裁判所に申立てをするもので、原則1回の期日で判断をしてもらうことになるため、迅速かつ安価で解決することができます。もっとも、少額訴訟を利用するためには60万円以下の請求に限られますので、注意が必要です。
 ADRとは、裁判外で話し合いにより解決するための手続です(いろいろな機関で行われています。)。間に専門家を入れ、数か月の間で話し合いでの解決を目指しますので、迅速かつ安価で解決することが可能です。

5 トラブルを避けるために

 とはいえ、できるだけトラブルになることは避けたいものです。
 そのためには、契約書に争いにならないような規定を設けたり、話し合いの際には原状回復ガイドラインを参考にすることが有効といえます。
 また、そもそも賃貸借当初の物件の状態がわからなければ、損耗しているか、それがどの程度のものかについて判断が難しくなってしまいますので、賃貸借を開始する時点で、物件がどういった状態にあるかを写真などで証拠化しておくことも重要です。
 賃貸借契約書の作成や原状回復に関する紛争が生じてしまった場合の対応については、ぜひ当事務所にご相談ください。

以上

→コラム一覧に戻る